―災いに備えつつ,畏れを忘れずに―
原子力安全委員会委員長
松浦 祥次郎
平成11年は,我が国の原子力開発利用の歴史において,決して忘れることのできない,忘れてはならない苦い記憶を刻み込むものとなった。その記憶は言うまでもなく9月30日に東海村の(株)JCOで起こされた臨界事故である。この白書は,自分達がどれ程の危険に向かっているかを知らされずに,ひたすら作業を進め,そのあげくに悲惨な最後に到らざるを得なかったお二人の犠牲者への心からの哀悼の意をもって始めなければならない。10月26日(原子力の日)が,昭和32年の我が国の国際原子力機関(IAEA)加盟と,6年後のその日に同じ東海村での我が国最初の原子力発電成功の記念日として,我が国の原子力開発利用の原点であるなら,9月30日は原子力災害へ対処する決意を固めさせた原点として,常々に思い起こされなくてはならない。
JCO臨界事故の発生原因と,そこから得るべき教訓の数々は,事故調査委員会の報告書に詳しく示されているが,ここであらためて強調したいのは,原子力の開発利用にあたっては,核反応が内包する威力に対する畏怖の念を常に新たにしなくてはならないと言う事である。核反応は宇宙の開闢びゃく時からそのエネルギーの根源であるが,そのことを人類が理解し得たのはやっと20世紀に入ってからである。そして,人間生活のためのエネルギーとして有意の量を利用し始めてまだ30年程度である。原子力は,エネルギー発生密度の高さと,供給可能性の膨大さにおいて,他に比類するものがない。誤りなく用いれば,科学技術の発展と社会の判断次第で想像を越える程の未来にまで,人類に安定に莫大なエネルギーを供し得るが,誤れば人類に大きな災害をもたらしかねない。その一端は,わずか1rのウランの核分裂で発生した放射線があれだけの災害を引き起こしたことからも実感できる。我々は,原子力の開発利用に当たって,常に心底に畏れを抱き,ますます謙虚でなくてはならない。
事故は,しばしば思いもよらぬ所や時に起こる。しかし,事後に調査すると人知で理解不能というものはまず無い。事故を予想できなかったというより,安全の基本を外れ,守るべきを守らなかったとか,或いは一寸した基礎的な知識に欠けていたということである。多くの事故が,機器・構造,組織,社会のそれぞれのどこかで,配慮や,情報・知識から疎外された所や時に発生している事実は,少し事故の実例を思い浮かべるとすぐに思い到る。ハードなシステムも,ソフトなシステムも,このようなところに弱点が生じ易い。特に心すべきなのは,他の処ではすでに良く知られている事実・知見が,そのごく基本的な点だけでも伝えられていれば,十分に事故防止ができたと考えられるようなケースの多いことである。
原子力開発利用における安全を確かなものにするためには,安全確保の第一義的責任は事業者にあることを確認しつつ,原子力の有する意味と知識について原子力界内に疎外点をなくす努力が不可欠である。このためには,原子力に携わるすべての人々や組織の間で,原子力安全に関する情報の流通と,双方向での意識・知見の疎通を担保する手段と慣習とを確立することが必要である。
JCO事故の教訓を活かすべく,国も産業界も直ちに数々の施策を実施に移しつつある。特に原子力防災に関しては,原子力災害対策特別措置法が平成11年12月に制定され,平成12年6月に施行され,抜本的に強化される事となった。「備えあれば憂いなし」,「災害は忘れた頃にやって来る」,「喉元すぎれば熱さを忘れる」など,人間の油断し易さを戒める格言は枚挙に暇がないが,それでも気の緩み,目配り・気配り不足,或いは思い上がりで人々がひどい災厄に遭って来たことがどれほど多くあったことか。
原子力安全委員会も技術参与制度の新設を含め,補佐機能が格段に強化された。この機能を最大限に活用して,「災いに備えつつ,畏れを忘れずに」を心に銘じ,平成12年1月17日の委員会決定(第1編参考6)を着実に実行しつつ,原子力安全の確保の上での弱点や危険の徴候に目配りし,気配りを怠らず,適時の警鐘を発することに努めるべく決意を新たにしている。
本書の構成と内容
本書は,第1編,第2編及び資料編から構成されている。
第1編では,「原子力安全の再構築に向けて」と題し,平成11年に発生した事故を中心に,それらに関する調査審議状況や事故から得られた教訓を踏まえた原子力安全の今後の考え方等を特集している。
具体的には,まず,茨城県東海村の(株)ジェー・シー・オーウラン加工工場において平成11年9月末に発生した臨界事故を紹介している。次に,日本原子力発電(株)で平成11年7月に発生した冷却材漏えいなど,平成11年を中心に,(株)ジェー・シー・オー臨界事故以外の主な問題への対応を紹介している。さらに,これらの事故の調査審議の結果から得られた教訓を踏まえた原子力安全委員会及び安全規制機関の対応を紹介している。
第2編では,原子力安全委員会及び安全規制機関における過去約1年間(平成11年1月〜平成12年3月)の活動,原子力施設全般に関する安全確保の現状を紹介している。
資料編では,原子力安全委員会関係の各種資料,安全確保の実績に関する各種資料等を取りまとめている。
はじめに
(特集)
第1節 事故の概要
1 事故の発生
2 事故後の対応
(1) 行政庁の初期対応
(2) 原子力安全委員会の初期対応
(3) 地方公共団体の初期対応
(4) 臨界状態終息作業
(5) 現地における避難・屋内退避
(6) 高線量被ばく患者への対応
(7) 専門家による支援
1 ウラン加工工場臨界事故調査委員会,健康管理検討委員会での検討
(ウラン加工工場臨界事故調査委員会での検討)
(健康管理検討委員会での検討)
2 検討の結果
(事故の直接的原因
(許認可及び安全規制上の問題点)
(事故調査委員会の委員長所感)
(再発防止に向けた今後の取組みのあり方)
(健康管理のあり方)
1 行政庁の対応
2 原子力安全委員会の役割と体制の強化
第1節 日本原子力発電(株)敦賀発電所2号炉における冷却材漏えいについて
1 概 要
(漏えい発生状況)
2 原因究明
(配管損傷の原因)
3 再発防止
(再発防止策)
4 今回の漏えいから得られた教訓
(英国原子燃料会社によるデータ不正)
(放射性物質の金属スクラップへの混入等)
第1節 原子力安全確保体制の強化について
(原子炉等規制法の改正)
(安全委員会事務局機能の強化)
(規制調査の実施)
(ソフト面での対応の強化)
(事業者によるNSネットの設立とセイフティカルチャーの醸成・定着)
(情報の公開)
(原子力災害対策特別措置法の制定)
(原子力防災の実効性の向上に向けて)
(原子力防災訓練)
第1節 原子力安全委員会の認識
第2節 原子力安全委員会の決意と今後の活動
1.安全確保体制について
2.安全目標等について
3.事故・緊急時対応等について
4.情報公開について
5.専門部会の再編と事務局の強化について
6.自己点検と報告のフォローアップ等について
おわりに
第1章 原子力施設等の安全規制を中心とした安全確保
第1節 原子力施設等に対する安全規制の実施状況
1.「原子力発電所等周辺の防災対策について」の改訂
2.ウラン加工施設安全審査指針の検討
3.混合酸化物燃料を全炉心に用いる改良型沸騰水型原子炉についての検討
4.クリアランスレベルについて
5.高レベル放射性廃棄物の処分に係る安全規制の基本的考え方について
6.もんじゅ安全性確認WG報告について
7.健康管理検討委員会報告について
8.各専門部会の主な審議内容について
1.高経年化対策についての検討
2.ICRP勧告を踏まえた国内法令の整備
3.コンピューター西暦2000年問題への対応
4.ニュークリアセイフティネットワークの設立について
第1節 自然放射線に関する調査
第2節 原子力施設周辺等の放射能調査
第1節 原子力災害対策特別措置法について
1.原子力災害対策特別措置法の目的
2.迅速な初期動作の確保
3.国と地方公共団体との有機的な連携の確保
4.国の緊急時対応体制の強化
5.原子力事業者の責務の明確化
6.原子力災害対策特別措置法における原子力安全委員会の役割について
第2節 防災対策の向上のための取組
第1節 原子力施設等に関する安全研究の実施
第2節 環境放射能に関する安全研究の実施
第3節 放射性廃棄物処分に関する安全研究の実施
第4節 原子力施設等の安全性実証試験の実施
第1節 多国間協力等
1.国際原子力機関(IAEA)
2.経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)
3.放射線の影響に関する国連科学委員会
(UNSCEAR)
4.原子力安全に関する会議
1.規制情報交換等
2.安全研究協力
3.研究事業等
1.世界の原子力発電所の現状
2.旧ソ連,中・東欧諸国の原子力安全をめぐる動向
資 料 編