第3節 旧ソ連,中・東欧の原子力発電所をめぐる安全協力
1 世界の原子力安全の現状
世界の原子力発電所は,1993年6月末現在416基が運転中であり,発電設備容暈としては,34,390万kW,総発電電力量に占める原子力発電の割合は,1991年の実績で約17%となっている。国別では,フランスが約43%で最も高く,日本においても約30%を占めており(図1−9参照),原子力発電が世界のエネルギー供給の大きな柱となっていることが分かる。
一方,旧ソ連のグラスノスチ(情報公開)政策により,原子力発電所以外の原子力施設の様子や,放射性廃棄物の投棄等のずさんな実態が徐々に明らかにされてきているほか,北朝鮮における核施設査察問題等,近隣諸国における原子力安全の問題も注目を集めているところである。
こういった状況の中で,公衆への的確かつ迅速な情報提供と国際的共通理解の形成を図るために策定された国際原子力事象評価尺度(INES)を用いて,原子力施設等における事故・故障等の評価が行われている。
1992年10月から1年間にINESで報告されたレベル2以上の事故・トラブルの件数は世界で73件(レベル2・62件,レベル3・11件,レベル4以上・0件)であった。日本国内では,1992年8月にINESが導入されて以降,レベル2以上の事象は発生していない。
以下に,レベル2以上とされた国外での事象例の概要を示す。
(1) ロシア連邦コラ原子力発電所における電源喪失
1993年2月2日にコラ原子力発電所付近を襲った龍巻により,送電線が被害を受けた。これが引き金となり,コラ1号及び2号原子炉が自動停止したが,同時に起動するはずのディーゼル発電機がいずれも起動失敗し,その後の送電線事故の進行に伴い一時的に(30分間程度)全電源喪失に陥った。この間必要な電力はバッテリーから供給され,原子炉は自然循環で冷却された。このトラブルによる所内外への放射線物質の放出はなかった。INESによる評価レベルは3であった。
(2) フィンランド・ロビーサ原子力発電所における給水管の破断
1993年2月25日,2号炉で給水ポンプを起動したところ,給水配管が破断し,2次系の冷却水が漏洩した。漏洩箇所は直ちに隔離されるとともに蒸気発生器の水位は自動起動した補助給水ポンプにより制御された。
また,原子炉は,運転員により手動停止され,ユニットは安定した状態に移された。
配管破断の原因は,流体振動による腐食が原因であると考えられる。類似事象は,1990年に同発電所1号炉でも発生している。なお,この事象による所内外への放射性物質の放出はなく,INESによる評価レベルは2であった。
2 ロシアの原子力安全をめぐる動向
(1) 旧ソ連・ロシアによる放射性廃棄物の海洋投棄
1993年4月2日にロシア政府により発表された白書によれば,旧ソ連及びロシア連邦は,1959年から1992年の間に日本海,オホーツク海等の極東海域及びバレンツ海等の北方海域に相当量の液体及び固体廃棄物を投棄した。極東海域では,投棄された廃棄物には,核燃料を抜いた原子炉やその関連機材も含まれており,その放射能量は,685兆べクレルにのぼるとされている。
これに対し,日本政府としてはロシア政府に対し詳細な情報提供を求めるとともに,1993年5月11日,12日にモスクワにおいて両国による合同作業部会が開催され,海洋投棄の実態の解明,日露共同海洋調査を始めとする対応等についての情報交換及び協力に関する協議を実施した。
また,7月の東京サミットにおいて,旧ソ連・ロシアにおける放射性廃棄物の海洋投棄問題について各国首脳間で論議が行われ,経済宣言において「我々は既存の国際的義務に照らし,ロシアによる放射性廃棄物の海洋投棄に対する懸念を強調する」との一節が盛り込まれた。さらに,我が国においては,4月から6月にかけて関係省庁の調査船を派遣し,海洋環境放射能調査を実施した。1993年8月30日に関係省庁により開催された放射能対策本部幹事会にて,日本海における海洋環境放射能調査が取りまとめられ,「現在までの調査結果によれば,我が国国民の健康に対して影響が及んでいるものではない」との見解が発表された(第3章3節2参照)。
また,10月12日,日露首脳会談においても,我が国より海洋投棄の即時停止を改めて強調するとともに日露共同の海洋調査の実施を申し入れを行った。このような中で同年10月17日,ロシアは日本海において液体放射性廃棄物の海洋投棄を実施。我が国はこれに対し厳重な抗議を実施し,予定されていた第2次投棄は中止された。また,10月20日に放射能対策本部幹事会を開催し,当該投棄の影響を調査するため,独自の海洋環境放射能調査を開始した。続く10月27日〜30日には専門家会合がモスクワ及びウラジオストックにおいて,さらに11月10日,11日には第2回日露合同作業部会がモスクワにおいて開催され,10月17日の投棄についての情報を収集するとともに,日本海の投棄海域における海洋調査の早期実施につき,協議し,この結果,同調査は,日露韓3国共同で1994年1月半ばに開始される方向で現在準備が進められている。
しかし,一方でロシア海軍は,放射性廃棄物の処理施設の確保等の問題が解決されなければ,海洋投棄を今後全く停止するということは難しいとのコメントを発表している。
(2) トムスク7事故について
1993年4月6日に,ロシア連邦西シベリア地区にあるトムスク7の軍事用再処理施設において,ウラン溶液が入っている容器中に硝酸を加えたところ容器内の有機物と反応して,容器内の温度,及び圧力が上昇し,現地時間で午後12時58分に爆発が発生した。
この事故で,作業員が最大で6ミリシーベルト(mSv)被ばくした(放射線業務従事者の年間実効線量当量の数分の1程度)が,作業員の身体への影響はなかった。また,環境への影響では,毎時2.58×10-9クーロン毎キログラム(C/kg)以上の汚染が生じた地域は,120平方キロメートルと見積もられている。付近の土地で,放射能汚染度の高い地域については,除染作業が行われた。
我が国政府は,都道府県,関係機関等に環境放射能調査の強化を要請し,監視に努めたが,環境放射能には特に異常は認められなかった。また,ロシア政府に対し外交ルートを通じて情報収集するのに加え,専門家等をモスクワへ派遣し調査を実施した。
さらに,事故の原因等について調査検討を行うとともに,その結果を我が国の安全確保対策へ反映させるため,専門家を交えて必要な検討が行われている。
我が国の再処理施設については,多重防護の考え方に従って,何重もの安全装置により火災・爆発の発生を防止しているほか,仮に発生してもその拡大を防止し環境に対する影響を緩和するような対策が講じられている。これらの対策については,国が,設計,建設,運転の各段階で厳重に審査し,確認している。従って,我が国の再処理施設においては,火災・爆発が発生することは考えられないが,今後ロシア当局の報告書の公開等を待って,必要に応じて我が国の安全確保対策に反映させる等適切な措置が講じられていくこととなる。
3 旧ソ連型原子炉の安全問題及び我が国の支援政策
チェルノブイル原子力発電所の事故が発生して以来,旧ソ連,中・東欧地域における原子力発電所の安全性に関する懸念は世界的に高まりを示している。特に,第一世代の古いVVER型炉(加圧水型:VVER440/230)及びチェルノブイル型のRBMK型炉(黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉)については,格納容器の欠如,緊急炉心冷却系(ECSS)の不備など,基本的な設計面での安全性について問題が指摘されている。
しかし,旧ソ連の崩壊により経済的・社会的に混乱の状態にある旧ソ連,中・東欧諸国においては自国のみでは安全性向上を図ることは困難な状況にある。
西側諸国としても何らかの対応の必要性が議論されており,二国間の協力及びIAEA等の国際機関をはじめサミット等の国際的な場において支援の具体的検討が進められつつある。
1992年7月のミュンヘン・サミットにおいては,旧ソ連型原子炉の安全性向上が主要議題の一つとして取り上げられ,これらの原子炉の運転上の安全性改善,安全性評価に基づく短期な技術の改善,規制制度の強化等について支援を行うことが経済宣言に盛り込まれたのを始め,1993年7月の東京サミットでも,今後の支援の早期実現等について合意した。
支援の概要としては,短期的には,三国間支援,原子力安全基金等の支援の早期実施があげられているが,長期的措置については,世界銀行及び国際エネルギー機関(IEA)によるエネルギー研究報告書を参考にしつつ今後の支援緒の枠組みを策定することとし,各当事国が危険な原子力発電所の早期閉鎖を可能にするようなエネルギー戦略の策定を支援することとしている。
我が国としては,IAEAの旧ソ連型原子炉の安全評価のための活動への専門家の派遣,音響解析による運転中の異常検知システムの適用,運転訓練シミュレータの設置といった技術的支援を実施または計画している。また,旧ソ連,中・東欧諸国等から原子力技術者を受け入れての原子力安全向上のための研修及び原子力発電所の管理者・技術者等を10年で1000人規模で受け入れての安全管理に関する研修,または原子力安全の専門家を旧ソ連,中・東欧諸国へ派遣し,技術訓練を行うといった様々な事業を実施・計画している。このような事業を通して,日本の原子力発電所における設計・建設から運転管理に至るまでの高い水準の安全確保体制が学ばれ,旧ソ連・東欧諸国の原子力施設の安全性の向上及びそれに携わる人々のセイフティカルチャーの醸成につながることが期待されている。なお,かかる協力の推進に関しては,1993年10月のエリツィン大統領訪日時に著名された覚書においても確認されている。