第1章 ソ連原子力発電所事故の概要

 今回の事故の概要については,ソ連政府が8月中旬,事故の詳しい経過及び原因を盛り込んだ「チェルノブイル原子力発電所の事故及びその結果」と題する報告書(以下「ソ連報告書」という。)をIAEAに提出し,8月25日〜29日にはIAEAにおいて各国の専門家が参加して,事故後評価専門家会合が開催され,事故の経過,原因,被害の状況等についての報告,質疑応答等が行われたことにより,その内容がかなり明らかになった。
 一方,原子力安全委員会(以下「安全委員会」という。)は,4月30日に臨時会議を開催し,今回の事故の重要性にかんがみ,本件に関し幅広く調査検討を行い,我が国の原子力安全確保に反映させるべき事項の有無等につき審議することを目的として,学識経験者で構成するソ連原子力発電所事故調査特別委員会(以下「事故調査委員会」という。)を設置することを決定し,調査・審議を開始した。以後,事故調査委員会は,事故を起こした炉の特徴,事故の原因,経過等について鋭意検討を続け,9月9日,それまでに得られた情報等をもとに事故の事実関係について整理し,若干の評価を加えて,「ソ連原子力発電所事故調査報告書(第1次)」(以下「第1次報告書」という。)をとりまとめた。
 本章では,ソ連報告書,IAEAにおける検討結果,第1次報告書の内容等をもとに,事故を起こした原子炉の特徴,事故の経過,事故の原因について記述することとする。

 第1節 チェルノブイル原子力発電所4号機の概要

 事故が発生したチェルノブイル原子力発電所は,白ロシア・ウクライナ低湿地と呼ばれる地区の東部の地域に位置し,図1−1に示すように,ドニエプル川に流入するプリピアチ川の河岸にある。


 同発電所では,事故発生時点で,4基の原子炉(1号機〜4号機)が運転中,2基の原子炉(5,6号機)が建設中であった。

1 ソ連の原子力発電とRBMK型炉の位置づけ

 ソ連は,昭和25年頃から黒鉛減速軽水冷却型炉の開発を始め,昭和29年にモスクワ郊外のオブニンスクで世界最初の原子力発電所(電気出力5,000kW)の運転を開始した。その後,この型の炉を大型化した沸騰水型炉が開発されたが,この黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉は「RBMK」の略称で呼ばれている(以下「RBMK型炉」という。)。
 ソ連の原子力発電所では,このRBMK型炉とアメリカ型の加圧水型炉(PWR)に類似した加圧水型炉(VVER)が多くを占めているが,表1−1に示すように,昭和60年12月現在運転中のものの設備容量についてみれば,VVERの1,100万kWに対し,RBMK型炉は1,450万kWであり,全設備容量の約53%を占めている。しかし,建設中及び計画中の原子炉はVVERが多い。


 事故を起こしたチェルノブイル原子力発電所4号機(以下「4号機」という。)は,このRBMK型炉のうちの「RBMK−1000」といわれる型式のものであり,以下にその仕組み及び特徴について記述する。

2 4号機の仕組み

 図1−2に,4号機の概念図を示す。


 原子炉内には減速材である黒鉛のブロック(断面250×250o,高さ600o)が柱状に積み上げられており,円筒状の炉心(直径11.8m,高さ7.0m)を構成している。また,それぞれの黒鉛ブロックには垂直方向に貫通した円筒状の穴(直径114o)があいている。この中に圧力管(チャンネル)が収められており,その数は1661本である。このように多数のチャンネルに分かれているため「チャンネル炉」とも呼ばれる。各圧力管の内部には燃料集合体が挿入されている。他方,211本ある制御棒も,黒鉛にあげられた穴の中に挿入されている。黒鉛ブロックは原子炉容器内に収められ,黒鉛の酸化防止及び伝熱特性を向上させるため,ヘリウムガスと窒素ガスとの混合ガスによって覆われている。
 燃料集合体の構造を図1−3に示す。燃料集合体の高さは約7mに及んでおり,上下2段に分けられている。それぞれは,18本の燃料棒(高さ約3.4m,直径13.6o)から構成されている。燃料ウランには,濃縮度2.0%の低濃縮ウランが用いられている。


 燃料棒で発生した熱は,圧力管の中を通る冷却材である軽水に伝えられ,この結果,高温高圧係(284℃,70s/p2)の気水混合流が得られる。この気水混合流から気水分離器によって蒸気が分離され,2基のタービンに送られ,発電を行わせる仕組みになっている。なお,熱出力は320万kW,電気出力は100万kWである。

3 4号機の特徴

 ここでは,第2節及び第3節において述べる事故の経過や原因と関連する4号機の特徴について記述することとする。

(1) 反応度フィードバック特性
 例えば,BWR(軽水減速軽水冷却の沸騰水型炉)では,出力が増加して冷却水や燃料の温度が上昇すると,負のボイド効果<注1>やドップラ効果<注2>により核分裂連鎖反応が減少する自己制御性を有している(負の反応度フィードバック特性<注3>)。このような自己制御性を有することは原子炉の安全性にとって基本的に重要なことであり,BWRに限らず我が国の原子炉では全出力領域で負の反応度フィードバック特性を持つよう設計されている。ところが,4号機においては,定格出力運転(4号機では熱出力320万kW)では反応度フィードバック特性は負であるが,定格出力の約20%以下の低出力時には,正のボイド効果の増大及びドップラ効果の減少により,正の反応度フィードバック特性を有するようになる。すなわち,4号機では,中性子の減速は,ほとんど黒鉛によって行われるので,ボイドが発生しても減速効率が低くなることはない。ボイドが発生すると,むしろ水による中性子の吸収が減り,核分裂連鎖反応が盛んになるという正のボイド効果を示す傾向がある。しかも,この正のボイド効果は,低出力時の方が高出力時よりも大きくなる。したがって,出力を一定に保つことが難しく,核暴走の危険性もある。このため,この原子炉の運転規則では熱出力70万kW(定格出力の約20%)以下での長時間運転が禁止されていた。

(2) 原子炉緊急停止(スクラム)設備
 原子炉の緊急停止時には,制御棒が全部で211本のうち187本が炉心に自動挿入されるが,挿入速度は最大0.4m/秒と遅く,全挿入まで約18秒かかった(我が国の軽水型原子力発電所では,これが2〜4秒となるように設計されている。)。
 また,以上に述べたように,低出力時に正の反応度フィードバック特性を有すること及び制御棒挿入速度が遅いことに対して,運転規則で「反応度操作余裕」について定められていた。すなわち,原子炉の緊急停止時において,上述の挿入速度でも,十分原子炉の緊急停止が可能になるようにするため,その時点において挿入される全制御棒による効果が,制御棒の性能が最も効果的に発揮される位置にある制御棒に換算して何本分に相当するかを示す「反応度操作余裕」(RBMK型炉以外の原子炉にはない概念)を30本相当以上とすることとされていた。

〈注 1〉 冷却材にボイド(蒸気泡)が生じることにより中性子の減速効率が低くなり,核分裂連鎖反応の進行が抑制される効果。
〈注 2〉 核燃料の温度が上昇することによりウラン238による中性子吸収が増加し,核分裂連鎖反応の進行が抑制される効果で,すべての原子炉に共通のもの。なお,このドップラ効果は低出力時の方が高出力時よりも小さくなる。
〈注 3〉 「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」では次のように要求している。「原子炉の炉心及びそれに関連する原子炉冷却系は,すべての運転範囲で急速な固有の負の反応度フィードバック特性を有する設計であること。」